長崎16番館消えてしまった   

長崎16番館はどこにあるのでしょうか?と尋ねられたことがありネットでまず調べてみたら思うように理解するほどの情報が見当たらなかった。しかし、長崎の歴史について研究されている人も多く、尋ねてみると研究されている人ではなければ知りえないような内容を聞くことができた。

長崎12番館にアメリカの領事館があった時、領事館の職員を宿泊させるために建設されたのが長崎12番館であった。この12番館については色んな人が研究されており、これまでの流れについても詳細な内容が明らかにされている。

この12番館を復興しようとして取り組まれていたのに、行政とうまく調整できなくて復興事業を中止することになってしまった。原因は行政の関係者が復興事業の真意を知ることもなく、風評に流されてしまったことが大きな原因であった。

長崎12番館が建設された時には、日米修好通商条約が締結された時でもあり、アメリカ領事館の通訳をされていた浜田彦蔵も宿泊されている。浜田彦蔵の名前を初めて知った時には、何者だろうかと思い調べてみると本当にすごい人であった。

長崎12番館は昭和から平成においては観光資料館として踏絵などが展示されており、この踏絵との出会いが小説家遠藤周作先生の沈黙といった小説を書き始めることになったことは多くの皆さんが知っている。踏絵については日米修好通商条約も関わっているのである。

条約の8条には、長崎の踏絵を廃止することがしっかり記されている。長崎16番館には、このような踏絵だけ取り出しても、歴史的ドラマを見ることができる貴重な歴史的建物であった。長崎から、このような建造物が消えることに反応しなくなってしまった現状を何とかしたいと思っている。
[PR]

by magome2007 | 2013-06-12 07:31

<< 長崎県の公有地面積は 長崎新幹線建設期成会 >>