大家族から核家族、そして個活から枯渇   

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地方創生や人口減少対策は、内政問題として早急な取り組みを必要とされており、石破地方創生担当大臣と塩崎厚労大臣、それに有村少子化担当大臣は、具体的な対策を国民に示さなければならないのであり、年末年始は超多忙ではなかろうかと思う。

地方創生も少子化も高齢化も大きな川の流れのようになっており、簡単な対応では流されていくだけで効果を期待することができない。戦前から戦後の高度経済成長の時期を通り過ぎ、大家族だった我が国の家族制度が急激に変化をえて、核家族制度の姿に落ち着いていた。

ところが、核家族制度の定着もつかの間であり、今は一人一人で生活する個活が主流になり川の流れも核家族から個活に大きく変わり始めている。昨日のブログにも触れていますが、世帯数は減少せずに人口だけが確実な減少を進行させているのである。

地方創生も少子化も高齢化も、大家族から核家族に至る世界の中で考えられているのではないのか、個活が主流になっている現状の中で、地方創生も人口減少も、高齢対策も、政府の考えているようなスケジュールで進めることができるのだろうかと思っている。

流れに逆らう政策を強引に進めるのか、流れに沿うような政策を企画立案するのか、得意の改革や見直しで急場をしのぐことができるのか、これは、我が国の将来を大きく変えることであり、陽が昇るのか陽が沈むのかといったこれまでで最も大きいな国難であると思っている。

このような国難解決に内閣総力で取り組まなければならないはずであり、担当大臣の手におえるような簡単な問題だとは思えないのである。独居老人だけでなく、離島山間僻地から大都市のマンションまで、一人暮らしの高齢者から若者まで増え続けていることをどうされるのだろうか。

家族単位の国づくりができなくなって、コミュニティーやコンパクトシティなどでお茶濁せるほど簡単な国づくりではないことを、今回の選挙は当選された議員に教えていたのではないのかと思う。国の将来を語ることのできないような国会議員の誕生で浮かれていては、地方から明かりが消え始めていくだろうと思っている。

参考資料
日本人の家族観 変化する意識・変化しない制度
明治期庶民がどのようにして新しい家族制度を受け入れたのか
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by magome2007 | 2014-12-22 07:30

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