人口減少対策の予算編成になっているのか   

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人口減少による過疎地の現状の変わり果てていく姿に、誰もが考えさせられているのではないのかと思う。漁業の盛んな時の島の姿は、どこの漁村も活気があり若い人たちの声が消えることがなかった。どこの漁港も多くの船が入出港を繰り返し、島の将来には不安はなかった。

韓国や中国漁船と競合するまでは島の暮らしは活気があり、若者たちが島に残り人口減少など考える人はいなかった。徐々に漁獲高に変化が見え始め、漁業経営に厳しさが忍び込み、廃業する経営者の声も聞かれるようになってきた。

その頃から漁港の姿も変化を初め、漁船の数も少なくなって港の活気までどこかに飛んで行ってしまった。そのような漁村から若者たちは島外に出ていき、残された親や祖父母たちの集落になっていき、年々高齢化率の上昇で過疎化の波も大波になってきた。

櫛の歯の抜けるように、隣の家が空家になり次の年も空家が増え、多くの集落の中には空家の見られる姿が島の普通の姿になってしまった。島の過疎化の問題を見ていると、大都市も地方の都市も抱えている問題は島の問題と同じなのである。

地域社会のまとまりもなくなり、これまであった横のつながりや縦のつながりは減少し、孤独死や親や子供の虐待、男も女もストレスを抱え込む人が多くなっている。このような問題は減少するどころか増加傾向にあるのだから、日本人が変わってしまったのかと思う程である。

人口減少に取り組むには地域の産業政策に真剣に取り組むことが必要だったのに、公共事業一辺倒で多くの若者たちは島外へ出ていくことが大きな流れとなってしまった。そのような政策を見直すことが、人口減少社会に最も重要なのではないのかと思う。

離島だけでなく県内の全ての市や町が、地域思考の政策に本気で取り組み、自己実現や自立支援の仕組みの見直しに向かって、政策を充実させるべきである。これだけ騒がれている人口減少社会における政策の競争が見られる予算編成でなければならないはずである。

参考資料
北海層の人口減少問題対策について
山形県の人口減少対策プロジェクトチーム
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by magome2007 | 2015-02-16 06:20

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