トップリーダーは何をしたのか   

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新上五島町の誕生は、平成16年8月1日で丸10年が過ぎてしまった。それぞれ特徴のあった5つの町が合併をし、新しい街の誕生をお祝いし、魅力ある町の創造と町民の豊かな暮らしを目標に取り組まれてきたのではなかったのかと思う。

ところが、合併しても人口減少は止まることがなく、いたるところで合併の恩恵を受けることはなく何のための合併だったのかと言われている。単に5つの町が1つの町になったことだけでよかったのか、財政の効率だけの町になることだけでよかったのか。

支出全体の見直しも行われてきたのに、街全体の衰退は進行し全国トップの高齢社会を招き、合併効果はどこにも見当たらなく、あるとすれば衰退を速めただけの合併ではなかったのかと思う。全ての集落を歩きながら多くの皆さんの声を聴くことで考えさせられたのである。

それぞれの集落には長い歴史に支えられた多くの伝統芸能もあり、それぞれの地域の特徴もあったはずなのに、どうなってしまったのかと思う。5つの町が合併をし、5つの色の新しい街になるはずだった。観光もそれぞれの色に染まる魅力的な町を夢見ていたのではなかったのか。

それぞれの町には素晴らしい展望台もあるのに、全く整備もされずに放置されたままである。初めての観光に5つの展望台を回られたら、島の魅力に引き込まれてしまったのではないのかと思う。新しい町の町長の仕事はしっかり5つの色を明確にすることだと思っていた。

若松の表情は実に素晴らしいのに活かされず、有川の町にはクジラとともに生きてきた長い歴史があるのに、もっともっと全国に向かっての情報の魅力アップを図れたはずである。多くの町民の知恵を活かすことに取り組んでいたらできていたはずである。

ところが、町民の声に耳を貸すより土木の耳だけが研ぎ澄まされ、いまだにその呪縛から解放されることがない。トップリーダーは、最小の予算で最大効果を出す責務を負っていたはずなのにできていない。最大効果を出す秘訣は、全て町民の知恵の中に隠されているのである。
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by magome2007 | 2015-03-15 06:32

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