2015年 01月 27日 ( 1 )   

5年後10年後の我が故郷は   

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毎日毎日、目の前の業務をこなすことで一日を終え家路に変える人が大半ではないのかと思う。島の将来を、山間部の将来を、日本の国でありながら過疎化に悩む町や村の将来のデザインを、描いている人はどこにいるのだろうかと思う。

これまで国の描く地方活性化のビジョンに多くの町や村の人々は期待をし、それぞれの町づくりに取り組んできていた。しかし、過疎化の波は一向に衰えることもなく、飲み込まれた町や村の方が多いのではないのかと思う。昨日から始まった国会でどのような議論が行われるのか、多くの国民が関心持っているだろうと思う。

国の描くデザインは、離島や山間僻地の将来を明るくするような内容ではなく、生まれ育った若者たちを大都市へと引き抜いてしまった。多くの自治体で取り組まれてきた政策はどうだったのか、国の描く島や山の民の暮らしは間違いなかったのか、未来はどう描かれていくのか。

国の責任で描く地方の未来は霞がかかり見通せなくなっているのではないのか、いま問われているのは離島山間僻地の未来は、地域で生活する人たちの手で未来図を描くことではないのか、そのことが地方創生といった言葉で国は話されているのではないのかと思う。

我が故郷の未来図を描く作業を始めたところから、明るくなっていくことだけは間違いなさそうだが、地方の取り組みが遅れると、いつもの国のペースで地方のためにならない未来図が動き出すのではないのかと思う。集落の未来を描く取り組みを早急に行うことが最も重要なことであると思っている。

幼い時から鉛筆やクレヨンで絵を描くことを学んできたのに、故郷の未来を描くことはなく、芸術の世界を見せられてきたのではないのかと思う。描いたり書いたりしたのは、故郷の未来を描くためでもあったのではなかったのかと今思い始めている。

我が故郷の未来図を皆で描く取り組みをされることで、それぞれの集落の未来が明るくなっていくことは間違いないのではないのか、それが最後に残された離島山間僻地で生活している我々のやるべきことではなかろうかと思う。国会の予算審議に一石投入するためにも必要なことだと思う。

参考資料
「そろそろ田舎に帰ろう」と思えるかが、地方の未来
公共事業を「墓標」から「稼ぐインフラ」へ転換する方法
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by magome2007 | 2015-01-27 06:32