2015年 01月 29日 ( 1 )   

畑には大根も白菜もない   

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各集落を回っていて空家の前を通り過ぎる時には、寂しい思いをしながら活かす方法はないものだろうかと思いながら歩いている。ところが昨日訪ねて行った集落で驚いたことがあった。それは集落の畑に大根も白菜も見ることができないばかりか何も植えられていなかった。

今、どこの集落でも切り干し大根を作っている光景が多く、畑には太く育った大根や白菜が収穫される日を待っているようである。このような光景がごく普通なのにどうしたものだろうかと思った。元気だったおばあちゃんやおじいちゃんが炬燵の番をされていた。

隣の畑が活かされなければ、隣の畑にもその影響が出てしまって何も植えられないようになっていくと依然聞いたことがあった。お隣さんが畑耕すときには迷惑かけられないので、しっかりと畑耕すと言われていたことを思い出した。

集落全体の畑に草一本生えてないところが以前は多かったので、色んな所で話を聞く機会もあり、当時の主婦の皆さんの頑張る思いも聞かされていた。一人の人が畑作止めると次から次と辞めてしまう傾向があり、数年後には草ぼうぼうとなってしまう。

昨日訪ねて行った集落がそのような姿になっていくのではないのかと思いながら歩いてきたのだが、春先には畑が賑わってほしいと祈りながら帰ってきた。高齢化の影響はそれぞれの集落に様々な影響を与え、目に見えないような感じで集落の姿を変えているのではないのかと思う。

それぞれの集落の未来を皆で考えるようになれば、畑の活かし方も変えることができるのではなかろうかと思う。耕運機の賃貸や農業法人やNPOなどの活用によって、農作業の軽減化を図ることなど考えられるのではないか。いろんな人の取り組みが集落を明るくすることができるのではと思う。

集落の未来を明るくするためにも、自分たちの故郷を守る知恵は誰もが持っており、集落の意欲ある人が声をかけてくれることで動き始めるのではなかろうかと思う。このような小さな故郷の地方創生であってほしいと思いながら毎日各集落を歩いている。

参考資料
耕作放棄地が増加している主な理由
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by magome2007 | 2015-01-29 06:32