2015年 03月 06日 ( 1 )   

田中角栄生誕100周年   

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今から43年前は、空前のブームを巻き起こした「日本列島改造論」が世に出た年である。1972年昭和47年のことで、この年に田中角栄が自民党総裁になり、平民宰相誕生と多くのマスコミが持ち上げ、国中が熱狂していたのではなかったのかと思う。

日本列島改造論の要旨は、工業の再配置と交通や通信のネットワークの形成によって、人や物、金も含め大都市から地方へ流れを変え、地方も大都市も変わらないような生活ができるようにしようといったことではなかったのかと思う。

当時、上京した時であり初めて見た京王プラザホテルの凄さに圧倒されたことをよく覚えている。それから西新宿の高層ビル街が誕生していくのだが、東京の変化を一時期眺めることができた時でもあった。その時の新宿は、靖国通りに地下街の建設中でもあった。

初めて上京して寝泊まりしていたところは、新宿区若松町で、近くにフジテレビや東京女子医大があり、国立第一病院もあって、ミンダナオ島から帰還した元日本兵の横井庄八さんが入院した病院でもあり、結構賑やかなところでもあった。

そんなときに手にしたのが列島改造論で、高速道路が縦横に走り親子が離れて生活するのではなく、ふるさとで働くことができ、親子が一緒になって暮らせる日本になるんだと思っていた。ところが不動産バブルが踊り始め、公共事業一直線の原型ができてしまった年でもある。

列島改造論の目指した地方は、今では人口流出で過疎化の波は衰えることもなく、雇用の場もなく高齢化率は高くなり、以前のような活力のある地方は減少の一途を辿っている。このような深刻な時に、地方創生が重要政策として日本中を駆け回っている。

田中角栄が目指した地方復権の再来なのかと思うのだが、当時と比べ若者が地方から消えてしまっていることが、地方創生を非常に難しいものにしてしまっている。しかし、チャンスがないわけでなく、ラストチャンスとしての統一地方選が行われるのである。

今回、立候補する候補者全員が地方創生に対する政策を競い、無投票の選挙区も同じように地方創生に対する政策を堂々と述べることをすべきである。田中角栄が中央から叫んでいた列島改造論を、今度は地方から日本の地方復活を叫ぶことだと思う。

候補者の数だけ、地方創生に関する政策が競われるのであれば、国会議員の皆さんも真剣に耳を傾けざるえないのではと思う。地方議員がこれまで以上に政策を訴えることをすれば、投票率も上がり若い人のいない集落も元気になることは間違いないと思う。

参考資料
日本列島改造論
全国知事会「地方創生」
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by magome2007 | 2015-03-06 07:09