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議会改革   

阿久根市の市長と議会の関係を考えたとき、どのような対応ができるのだろうかと思う。地方自治法に示されている議会の条文に従うことは当然でありますが、それ以上に議会の皆さんによって改革できるところはいろいろあると思います。

予算書の節については質疑が行われないので、大ざっぱなことが主流で詳細なことについては独自に調査しなければならない。予算委員会によって大きな事業を丸ごと審査することなど考えたとき、詳細な内容まで理解できれば、他の事業予算も良く理解できるのではないのかと思います。

そのような審査をすれば、事業効果や事業目的などについて活発な議論が行われるのではと期待が持てるのであります。色んな議員の考えが出てくることでより効果を高めることができるのです。

そのような審査を通して、党議拘束や会派拘束など撤廃すれば議会の中は風通しも良くなって、より県民の視点に近づく決定が行われるのではと思います。質疑の流れも変えることによって議会改革はもっと進むのではと思います。

議員は質問するだけ、知事や部長は答弁するだけの固まった関係を壊すことも必要だと思います。それぞれの地域が自立するためにも住民視点に立った議論は最も重要なことだと思っています。

反対賛成も短期・長期における効果や影響なども議論すべきだと思います。現在の姿はこれまでの蓄積であって、当時の賛成反対の結果でもあります。過去を反省することも必要であって、たまには議員全員で過去の事業における議論もしてもいいのではと思います。
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by magome2007 | 2010-07-31 08:10

阿久根市長のブログに投稿しました   

私は、日本の地方がなぜ衰退していくのか、全ての原因は、選挙で選ばれた人にその全ての責任があると一貫して考えています。ところが、そのような責任は落ち葉のように風で飛んで行ってしまって、いつの間にか消えてしまうのです。議会は何のためにあるのか、トップの責任はどこにあるのかなど単純な問題を長いこと考えてきていました。
最近の阿久根市議会の動きを見てて思うことは、市議会も市長に対して議会開催を叫ぶだけでなく、地方議会はこのように進化すべきだといった狼煙をあげるべきではないのかと思っています。
桜島の噴煙のように熱き情熱を持って国の制度設計を変えていく覚悟で取り組んで欲しいと期待しているところであります。私も議会改革には取り組んできたものの思うように進めることもできずに、何度も暗礁に乗り上げては繰り返し頑張って、やっと一段一段と階段を登るような速度でやってきています。
地方の現状を眺めた時、限界集落は全国で生まれ続けているだけでなく、少子高齢化の影響は臓器の慢性疾患のように自覚症状に気付かないまま動けなくなっていく姿に似ているような気がしてならないのであります。
私が副議長に就いたのは先月の25日で、やっと一ヶ月間が過ぎたところであります。この間、議長代理で全国議長会の会議に出席した折、全国知事会と全国都道府県議会議長会の事務総長にそれぞれご挨拶をさせていただきました。
二人の事務総長さんには、地方6団体は何をされているのか全く理解できないことを話しさせていただきました。本来であれば、地方6団体が東京のど真ん中に事務所を構え、官邸や各省庁を初め、国会議員の事務所にも歩いて行けるところにあるのであれば、地方はもっと豊かにならなければならないはずです。そのための経費を全国の自治体関係者は支払っているのであります。
的を得た説明を聞くことはできませんでしたが、現状については同じような思いを持っていたのではと感じています。事務方の立場で私のような過激発言に対してしっかり対応することは期待もしていませんでしたが、ちょっと残念な気もしました。
ところで、全国都道府県議長会の会長は鹿児島県議会の金子議長さんがご就任されており、今年から任期が一年間から二年に延長され、地方議会の活動もしやすくなっているところであります。
議会議員は名誉職ではなく、行政のトップリーダーとともに責任があり、利権や、私利私欲で動くことなどあってはならないことであります。しかし、連日の報道の中には地方議会の本来の動きからそれてしまった報道がなされています。
私は、阿久根市長さんの叫びは、明治維新を決行された薩摩藩の皆さんの姿にダブって見えるのであります。権力におもねることもなく命をかけて国のために行動された多くの明治維新の志士たちと同じではないのかと思っています。
先の大戦で散華されていった多くの若者たちも同じ思いではなかったのかと思います。我が故郷や家族の事を思うことは全てに共通していることだと思っています。議会も法律道理にするだけでは、児童虐待も高齢者虐待も、自殺者も一向に減らないばかりか増えているのであります。雇用環境は年々悪くなっているのに、誰ひとり責任感じて行動起こす人はいなかったのであります。
私には、この厳しい地方の現実を変えるために全国の地方自治に携わる人たちに狼煙を上げられている人が、阿久根市の竹原信一市長であります。名古屋市長も続いています。
議員の報酬を半分にして誰が困るのでしょうか。現職の議員だけであり、報酬が半分になったり、日当制になっても議員になる人はいっぱいいるのであります。主婦の皆さんや、定年された優秀な皆さんたちのほうが、利権に絡まなくて、私利私欲がなくて、孫たちの事も真剣に考えるのではと思います。
明治から始まった国づくりも、制度が大きなひずみをさらけ出しています。我が国は地方がしっかりしなければ本当にダメになるのではと思っています。地方復活のトップリーダーとして、薩摩藩の志士たちに負けないように健康に留意され頑張っていただきたいと強く思っています。近いうちに市長さんにお時間作っていただき直接お会いしたいと思っています。
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by magome2007 | 2010-07-30 08:50

iPadユーザーの声は   

iPadの情報に初めて触れたときの興奮は冷めてはいないのだが、冷静になってきている。この間、国内におけるアプリの状況がどういった変化をしていくのか注意しているのだが、それぞれのサービス提供されている企業が勝手にアプリを作っている。

統一したものを作られると非常に使い勝手がいいのにと思う。いずれ電子本の定番になる可能性があるのに、何とかできないものかと思う。

ところで若者の間では使いこなす人の意見と、そうでない人の意見とは対照的で、自分で使い始めればどっちのほうに近いのだろうかと思ったりしている。色んな場所で使っている人の意見としては、もちょっと軽ければいいのにといった意見や、ゲームやるには楽しめるすぐれものといった意見などがある。

現在のユーザーの主力は30代から40台と言われているので、もう少し世代の広がりが見え始めてくれば。もっと使いやすくなっていくのではと思う。その頃になって購入を考えてみようかと思う。

それまではiphoneで辛抱しながら頑張ってみようと思う。
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by magome2007 | 2010-07-27 07:35

居酒屋の競争はどこまで行くのか   

役所の外は凄い競争が毎日行われており、エンドレスの戦いが繰り広げられているです。自由主義社会の中にあって常に競争していくことが求められていることは当然ですが、このような競争の中から新しい製品や技術革新が行われているのです。

最近の居酒屋の報道には本当にびっくりさせられる内容のものが多く、こんな値段でやっていけるのやろうかと心配になってしまうようなものもあるんです。板橋区の大山に居酒屋革命といったお店のことが最近話題になっていることはご存知でしょうか。

池袋から西武線に乗ってすぐの駅で、友人がいるので良く大山に行って酒飲んだものです。どちらかといえば住宅街の居酒屋の姿しか思い出せないのですが、ここから居酒屋革命が始まっているのです。

人気の秘密は、麦、イモ、コメ焼酎が全て0円で飲み放題と来ているのだから、たまらんですね。条件はつまみ2品は注文するようになっているんですが、それでも本当に安いんですね。1品の値段が400円前後でお手頃の値段で戦いの真っ最中。

ユニクロにしても海外に新しい展開を進めているとのこと。そろそろ遅れていると言われながら、地方の衰退を止めるための新しい発想を役所の中から産声あげなければならないのではないのかと思うのですが武士はいなののかな。

そんなこんなことで地方議会もそろそろ足元見つめて革命に近い行動を起こすべき時期ではないのかと思うこの頃です。
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by magome2007 | 2010-07-26 08:48

中日新聞社説   

腐る組織、腐らぬ組織 週のはじめに考える
2010年7月25日
 組織とは一体なぜ腐りゆくものなのでしょうか。日本相撲協会の腐敗と甘えの構造は国民の知るところとなりました。外部の目の必要性を考え直します。
 組織論で言うと、まず役所の腐敗について説いたパーキンソンの法則があまりにも有名でしょう。英国の政治・経済学者パーキンソン(一九〇九~九三年)は風刺的書き物を好み、その法則とは、
 「役人の数は仕事の量とは関係なく一定の割合で増え、財政支出は収入のあった分だけ出て行く」
 という単純にして現実を射ぬくものでした。日本の役所にもぴったり合うと思われるでしょう。
 役人は勝手に増える
 英国では軍艦と軍人の数が減っているのに技官と技術事務官は増えていたのだそうです。例えばポーツマス軍港で技術者が一人増えたら、ロンドンの本省では二人の事務官が増えていたように。
 英国史とは長く王政との対決史でした。英国民には権力と税に対する抜きがたい不信があります。権力を冷ややかに見るくせは伝統でもあるのでしょう。
 パーキンソンは役人天国についても法則を見つけました。いわく「拡大は複雑を意味し、複雑は腐敗を意味する」。霞が関の省庁が特殊法人や外郭団体をたくさんつくって複雑化させ、次に天下りと無駄遣いという腐敗をなしたことに相当します。そのミニ版は地方自治体にも見つかりますが、これらは世界共通の腐敗でしょう。
 同じく英国の歴史学者ジョン・アクトン卿(一八三四~一九〇二年)の「権力は腐敗する。絶対権力は絶対に腐敗する」という言葉もよく知られます。当時のカトリック本山、ローマ教皇に向けられたのですが、外部の声を聞けと唱えたのです。
 情報公開がつくる風穴
 パーキンソンの法則もアクトンの言葉も、だれもがその通りだと思うのですが、問題は腐敗した役所も組織も権力者もどの国にもあって、しかもなかなか駆逐されない、ということです。
 一つには役所などは無駄な仕事でも正当に見せる技術にたけていること(過大な道路建設やハコモノを思い出してください)。もう一つは、これが大事なのですが、外部の目の届きにくい仕組みを巧みにつくっていることでしょう。
 上場会社なら、外部監査や株主総会という外部の目が存在しますが、役所や議員らは自らを特権的立場に置き、情報公開はできるだけ拒絶、そうして複雑化と腐敗への道を進みがちなのです。そこに風穴をあけるにはまず十分な情報公開が必要でしょう。情報なくして住民の目は届きえません。民間企業では内部告発もあります。ともかく外に知らせるのです。
 目下問題の財団法人日本相撲協会の場合は、閉鎖的組織という点では役所に似ていますが、もう少し複雑かもしれません。
 まず「国技」といわれるゆえの甘えがあるでしょう。国技の“名付け親”は尾崎紅葉門下だった作家江見(えみ)水蔭(すいいん)といわれます。一九〇九(明治四十二)年六月、東京・両国に屋根付き常設相撲場開館の際、その名をめぐっては常設館委員会委員長の政治家板垣退助は武道奨励を印象づけようと尚武館を提案。片や相撲好きの江見は「そもそも角力(すもう)は日本の国技、歴代の朝廷之(これ)を奨励され…」と初興行披露文を記していて、それが力士側の支持を得て国技館の名の起こりとなりました。
 国技と呼ばれるのは、国が決めたわけでなく、その伝統と国民的人気のゆえですが、そこに甘えと独善のわなもあったのです。
 第一に相撲協会は力士出身者で構成の身内集団であり、不祥事が続いても外部には分かるまいと言わんばかりの消極的対応に終始してきました。第二に「国技」の名の下の甘えと甘やかしから社会常識を失っていったのです。
 議論を広げるのなら、最近の日本で一番大きな外部の目が入ったのは裁判員制度ではないでしょうか。国民には大きな負担なのですが、裁判所という専門集団、閉鎖社会に新しい風を吹き込みつつあります。企業では監査役を外部から招くことが増え、経営に新風をという点では日産自動車のゴーン社長の例もあります。多くの新聞社は日々の新聞を外部識者に読んでもらい意見を聞いています。
 社会的存在という意味
 組織を腐らせない有効で簡便な手段とは、結局、外部の声に耳を傾けることに尽きるのではないでしょうか。つまり組織とは、会社にせよ、役所にせよ、相撲協会にせよ、それが社会的存在である以上、他の社会構成者たちの声を聞くことで、相互に公正で適切な社会的存在たりうるという当たり前の結論にも導かれるのです。相撲協会の危機とは、その当たり前を思い直す機会かもしれません。
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by magome2007 | 2010-07-25 14:47

全国知事会は・・   

地方6団体の中で最も活躍が目立つのが全国知事会である。知事会の動きに沿うように全国都道府県議会議長会も動いている。本来であれば、この知事会と議長会がリードして、地方の時代を先取りするような政策実現に向かって、活発な活動を示すべきなのに思うような結果を出すことができないでいる。

参議員の選挙中に小沢一郎元幹事長は、離島やへき地において、今回の選挙で地方の時代が来るのだからとっても大事な選挙ですと言っている。これは、鳩山前総理が言っていた1丁目1番地の話であって、鳩山政権で成立させなければならなかった政策であった。

このような地方分権や地方主権の話は与野党問わず言われ続けてきている。なのに一向に実現しないのは、どこに問題が隠されているのか明らかにすべき時期だと思う。これまで知事会も似たようなことを言っているが、地方主権や地方分権の社会になることで、地方にとってどのような社会が作られていくのか明らかにされていない。

市町村合併に見られるような地方の姿であれば、誰も知事会の話など聞くことはないと思う。国民イコール地方で生活されている県民市民の皆様であって、消費税以上に国民的議論になって、大いに盛り上がっていなければならないはずだと思う。

どこかの組織と同じように誰も責任取りたくないトップがいるからなのかとついつい思ってしまう。全国知事会の地方主権に対する明確な説明を聞きたいと思う。
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by magome2007 | 2010-07-24 10:23

地方議会は何のために・・   

地方6団体と言われている中に、全国知事会や全国都道府県議会議長会などがあるのだが、今回初めて参加して分かったことは、中央を向いており地方のことは誰が考えているのかと思った。

国会議員は地方の陳情を聞くために選ばれているはずじゃないのに、地方の声を聞くために東京に行っているような感じさえする。これだけ地方分権や地方主権といわれているのに、地方の現状は年々悪くなっている。

地方6団体の仕事は、財源を地方によこせと言わなければならないのに、国にお願いするだけの陳情政治が昭和の古き良き時代から、延々と続いているのだから無駄な仕事も多くなっていくはずだと思う。

民主党の皆さんは、このような地方と国との関係を作り直すのかと思っていたら、制度設計に関わるセクションなどは具体化に向かって動く気配なしのようです。地方6団体の仕事って、地方の未来が輝くような制度にするために国に向かって協議すべきだと主張する団体なのかと思っていた。

まったくもって、地方の時代は絶望的なのかと思ってしまう。議長会は政治生命かけて国と地方の制度設計を作り直すためにも、国会議員が動かなければ落選させるような動きを強めることを真剣に考えるべきだと思う。
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by magome2007 | 2010-07-23 07:26

海って素晴らしいですね。   

昨日、車で海岸を走ってみて、梅雨明けの海の素晴らしさは感動的でもあります。宝石が輝くような感じで、海面がキラキラ輝いていました。今日は海の日、全国的にも色んなイベントが予定されています。

海の良さだけでなく、海の怖さも知ってほしいと思います。海の怖さも良さも十分知っている島育ちの私たちには、多くの皆さんに海の日に是非考えて欲しいことがあります。

生命の誕生は海から始まったといわれています。小さな漁村ではお祭りなどで海の恵みに感謝されていますが、一方では、海の支配権を広げようとしている国もあります。

長崎県においては、諫早干拓の開門について隣の佐賀県と裁判までしていることに、なんだか違和感を感じています。海は誰のものでもなく人類の共通財産だと思っています。それぞれが勝手に海岸を活用してきて、都合が悪くなれば足の引っ張り合いをしていることは、お互いに反省すべきではないのかと思います。

皆で勝手に活用されているのですから、共通の財産として、これからどのように活用すべきなのかを考えるべき時期だと思います。海は海面だけでなく、海底もあって陸上と同じように立体構造になっているのです。

見えない部分が9割以上で、ほんのちょっとだけ見えていることを認識されるべきだと思います。見えていないところをどのように考えるのか、我々が長年にわたって流してきた生活排水やもろもろの汚れなどが海の底でどのようななっているのか是非見てほしい感じがします。

海の生物のことを言われている人たちがいますが、ガタがなくなるのもよくありませんが、薬品を海の中に入れることもよくありません。なんでも川に流してしまえば後のことは知らないなどは許されません。海をこれから人類の将来のためにも、活用方法を皆で考えていくスタートの日にすべきだと思います。
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by magome2007 | 2010-07-19 08:04

真夏日が続きますね。   

子育ての中で子ども達の夏休みって本当に楽しかったですね。当時はそれぞれの地区でソフトのチームができてたのに、今では校区でチームを作らなければならなくなってしまっています。夏休みって仲間が多いのに越したことないですが、ちょっとさみしい感じがします。産経新聞の特集からです。

【母親学】参院議員 山谷えり子(3)

家族と地域の絆で育つ子供

 今の子供たちは、誕生会というとハンバーガーショップなどを借りてやりたがり、母親たちは誰を招くかプレゼントをどうするかに気を使う。

 私の母は、私の誕生日にクラス全員を呼びなさいという人だった。

 ベビーブーム世代のクラスといえば50人以上。狭いわが家に入りきれない友達は、屋根に上って電線に並ぶスズメさながら、おにぎりを食べたものだった。

 だから、わが家の3児の誕生会もクラス全員ご招待。マンションの狭い部屋で、二段ベッドに、風呂場に、ベランダに、ワイワイガヤガヤおこなった。

 小学校のPTA会長をしていたときは、保護者や近所の皆さんの得意技を調べて、行事にご参加いただけるよう企画した。

 ギターの上手なパパ、手芸や読み聞かせの上手なおばあちゃん…。いろいろな方に来ていただき、学校全体をビッグファミリーのようにしたいと走り回った。

 住んでいた東京都世田谷区の教育委員になったときには校庭と校舎の一部を放課後に開放し、“よく学び、よく遊べ”運動ができるようおやじの会を次々と立ち上げていただいた。

 「校庭でキャンプし、近所の銭湯に行く会」「豚の丸焼き大会」…。お父さんたちはアイデア、実行力豊かに「どの子もわが子」という雰囲気の大家族を作ってくださった。

 安倍内閣のときに、これを「放課後子どもプラン」として全国すべての公立小学校2万3千校でできるよう立案し、麻生内閣で1校当たり440万円の予算が付き、まさに動き始めたところであった。

 政権が交代し、事業仕分けで「放課後子どもプラン」は読書活動やスポーツ活動、伝統文化活動などとともに削減されてしまったが、これはぜひとも復活させてほしい。

 子供は家族と地域の絆(きずな)の中で育ちゆく。

 教育の第一義的責任は親、保護者にあり、家庭教育が大切なのはもちろんだが、困難を抱えている家庭も多い。

 だからこそ、古来の日本人がそうであったように「子は宝」と大きな喜びの中に包まれる場所づくりを心がけていきたい。
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by magome2007 | 2010-07-18 08:12

子育て本当に楽しいかった。   

色んな人たちが子育ての話をされていますが、周りの人の暖かい助けは本当にありがいもんだと思います。たまたま読んだ産経新聞の特集からの掲載ですが、ぜひ読んでいただけたらと思います。

【母親学】参院議員 山谷えり子(2)
 ■育児にほほ笑み合える社会を
 家族のような温かい雰囲気の会社で働けたことを幸運に思う。
 3人目の子を妊娠中のときはサンケイリビング新聞の編集長をしており、臨月には通勤バッグに母子手帳とパジャマを入れての出勤。そのままいつ入院しても大丈夫な支度で働いていた。若い女性社員は「その姿、心強い」と言い、男性社員は、男性本来の優しさで気を使いながら、守ってくれた。就職説明会では、大きなおなかで壇上で会社説明を行った。
 夫は出産時にはいわゆる育児休暇を取り、母乳育児にこだわる私を、その後も休暇を取って出張に赤ちゃん連れで同行してくれ、しゅうとめもそんな姿をほほえましく見守ってくれた。
 昭和60(1985)年、男女雇用機会均等法が成立したころのことで、夫のような育児パパはまだ珍しかった。核家族での育児は、会社の理解と夫の助けがないと、とてもやりきれるものではないというのが実感である。翻って、「今、社会はお母さんと赤ちゃんに温かくなっているか」というと、根本的なところでむしろ冷たく無関心になっているように思う。
 祖母は私に「乳児は肌離さずに、幼児は手を離さずに、少年は目を離さずに、青年は心を離さずに」と育児の心得を話してくれた。
子育ては祈りである。今の社会は個人の幸福追求の権利は言うが、祈りの心が失われていく中で、親たちは「助けて」も言いにくい状況にある。
 過日、『一○○歳の美しい脳』(デヴィッド・スノウドン著)という本を読んだ。678人の米国女性の脳を研究し、アルツハイマー病になっても症状が現れにくい脳の分析をしたところ、育ち方や生き方で共通とされた項目は「小さいころに言語環境が豊か」「前向きな人生観を持つ育ち方をした」「祈り、黙想などをし信仰心がある」「地域の人々とのつながりと信頼できる人間関係がある」と報告されていた。
 街で赤ちゃんや子供とすれ違うたび、もっとほほ笑み合えたら、どんなにすてきだろう。私が新米ママのとき、そうしてもらってうれしかったように。
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by magome2007 | 2010-07-17 05:01