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日本の近代化(2)   

日本の近代化の影響は戦後のアジアには特に大きく、欧米の植民地から解放されたことも大きな変化ではあったと思うが、近代化の影響はアジア各国に徐々に浸透を始めていた。なぜに日本が欧米各国と戦争をできるような軍事大国になれたのか、それは近代化がもたらした結果であった。

江戸末期から明治時代を通して、欧米各国に負けないような近代化に邁進した我が国の取り組みは、世界の中で日本だけにみられる特別な現象でもあった。それは、江戸時代における教育や藩の政策に間違いがなかったことを示しているのではないのかと思う。

我が国の教育にかける江戸期の各藩の取り組みは、現在でも参考になることが多く、教育委員会の見直し等における参考資料には、江戸期の各藩の教育政策を資料として学ぶことも選択肢に入れるべきではなかろうかと思う。

最近における高等教育の在り方は、江戸期から明治に至るまでの人間教育に多くのものが示されているのではなかろうかと思う。本来教育の原点は、将来の姿を思い描くことができるような人材育成ではないのか、それだと江戸期から明治期にモデルが示されているのだと思う。

日本の近代化のもたらした効果は、戦後の復興から高度経済成長の姿ではなく、明治期の政策を支えた多くの分野の姿から、アジアの国リーダーたちは多くのことを学ぶことによって、今の姿を作ることができたのではなかろうかと思う。

日本の近代化産業遺産について、安倍総理は多くの国民に自信と誇り持っていただくために、日本の果たした近代化の歴史に光を当てることが、最も効果的だといった判断をされたのではなかろうかと思っている。
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by magome2007 | 2013-12-30 07:24

日本の近代化(1)   

我が国の近代化産業遺産群は、アジア・アフリカの近代化産業遺産群でもあります。欧米が産業革命を経験しながら、長い年月を費やし動力源の機械化を初め、エネルギー革命など現在の工業化の基礎を作られてきている。

このようなヨーロッパの数百年に及ぶ工業化への歩みは、人類の歴史を大きく塗り替え、新しい息吹の工業化の姿と、その中で搾取されていた多くの労働者たちの姿も歴史の中に記されてきた。全てが表と裏の歴史であり、削除できない世界の歴史である。

近代化に至るまでの歴史は多くの発明家を誕生させ、近代化の歩みを速めてきていた。このような欧米による近代化の技術を見た日本の政治家たちや、同行した技術者や若者たちによる視察は、明治の我が国を大きく変えることになってしまった。

当時、長崎の出島からヨーロッパの文物を翻訳しながら必死になって海外の情報を得ようと努力されてきていた、全国の多くの若者たちの好奇心は衰えることなく、海外の視察から持ち帰った多くの情報に触れることによって、日本の近代化の足音を大きくしていくのである。

欧米の近代化は植民地を搾取することによって、さらに大きな利益を本国にもたらすことになっていた。このような世界の動きの中で日本の近代化の歩みは確実に積み重ねられていった。欧米列強のアジアへの進出は我が国も例外ではなく開国を迫られてきた。

このような攻撃が鎖国の中で育ってきていた若者たちの目を、海外へと向けさせる大きな転換点でもあった。様々な時代の変化が、欧米列強に負けないような国づくりを目指す人たちが、大きく育ち始めてきていた。

このような人たちが日本の近代化の戦略を描くことによって、現在の我が国の先進国としてのゆるぎない地位と国力をもたらすことになるのである。このことが、アジア・アフリカへの近代化と経済復興への日本モデルを示すことになるのである。
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by magome2007 | 2013-12-29 07:51

鯉のあらいは美味しかった   

昨日、ラフェル君と佐世保から五島に帰る予定だったのですが、海上時化のため予定変更してホテルを予約、会議を終えた後、夕食は鯉料理にしようといわれ、せっかくのブラジルからの大学生に海の魚だけでなく、日本の鯉料理も食べてもらわなければといったことで佐賀県の有田まで行ってきました。

鯉のあらいは、ずいぶん昔といったほうがいいのでしょうが群馬県嬬恋村で農業実習を行っていた頃、一度だけ食べたことを思い出しました。目の前に出された鯉のあらいの美味しそうな盛り付けに、目が釘付けになってしまいました。初めての鯉こくも美味しかったです。

隣に座っているラフェル君は、初めての鯉のあらいを美味しそうに食べ始めていたのです。食べる前はいつものことですが、カメラに収めることを欠かしたことがありません。時間があるときには、ブラジルの仲間達に色んな情報を発信しています。

ブラジルからの反応はすこぶる良くて、昨日の鯉のあらいについての反応がどんなものなのか知りたいと思っています。ところで、ブラジルの川魚はどうなのかといえば、大きいもので100キロ以上のものからアジやイワシのような小さなものまでいるそうです。

欧米人には刺身の習慣がないこともあって、川魚の料理は蒸して食べたり、小魚だったらフライにすることが多く、私もブラジルでの生活の中で随分食べてきました。昨日のような鯉料理は、私も初めてだったので次に家族で行ってみたいと思っています。

場所は佐賀県有田町の龍門峡にある鯉料理の老舗だったのです。着いた時には暗く周りの景色を見ることができなかったことは残念だったのですが、鯉の泳ぐ姿は見ることができました。それにしても、お客さんの多いこと、山奥まで食べに来られているのにはちょっとびっくりでした。

佐賀県の人気スポットになっているのだろうと思いながら、長崎県にも負けないような人気スポットがあるのではと思っています。五島も海の魚を食べるのであれば、刺身を初め魚料理では、国内で最高のものを出せるのですから、ここも人気スポットだと思います。


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by magome2007 | 2013-12-28 08:26

我が故郷の未来戦略は   

長崎県の情報発信の現状はどんなものだろうかと思うことがあり、地方紙のトップローカルニュースの拾い読みをすることがある。県外の地方紙のニュースには参考になる内容のものも多く、それが単発メニューではなく、連続して報道されるときもある。

多くのニュース源は官庁関係が多く、これだと全国似たような内容であり見つけることも簡単である。違う内容のものの多くは、民間の情報の中から発信されており、それぞれの地域の企業や団体の皆さんの新しい取り組みの内容に関心が高まっているようである。

全国津々浦々から発信されている情報を一括管理され、ネット配信されるようなサイトが早くできないものかと思っている。全国の若者たちの競うような情報発信が期待されることが考えられ、自治体の行う構想や政策に対する新たな提案なども活発になるのではと思う。

日本の地方をもっと元気にするためにも、情報発信を競わせるような情報サイトがあれば、日本の地方に最も欠けている未来への戦略が、再びよみがえることが期待できるのである。地方の衰退の原因は、未来戦略があまりにも貧弱すぎることにあり、20年30年先の戦略について取り組むことが求められている。

少子高齢化対策や過疎対策等についても、決まっている時間の中で行うのであれば、3年後や5年後のことは大体思い描けるのである。日本に最も足りないところは、50年後や100年後の未来戦略について、欧米各国と比較しても、見劣りすることが地方の没落の大きな原因である。

このようなマネージメントの不足が難問を積み重ねていくのであり、補助金行政に慣れてしまった目先だけの問題解決が、行政からマネージメント力を削いでしまっているのである。このような行政による許認可が民間を引き込んでしまって、戦略なき政治が行われるようになってきている。

日本の抱えるこのような問題を解決するためにも、研究所とか学者の論文等は重要ではあるが、もっとオープンに小学生から高齢者たちまで、我が町の未来戦略等を活発に取り上げるサイトが欲しいところである。行政や地方議会に奮起を促すためにも必要である。


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by magome2007 | 2013-12-27 08:40

全国初を連発   

長崎県議会は、これまで全国の地方議会が行ったことのない方法で議員の発言の機会を閉ざすことを、慎重な協議も行わないまま決行してしまった。なぜこのような事をやるのかと尋ねたら、連立会派がやっていたじゃないかといった言葉が返ってきた。

県議会の改革改善についてこれまで取り組めたことは、3年前の選挙における自民会派の分派が引き金になったのであり、全てが自民会派のまいた種である。当時の選挙後の自民会派には24人の県議がいたのに、その中から前知事の金子参議の言いなりになる県議だけの14名が出ていったことが引き金になったのである。

金子参議と谷川衆議の娘と息子は結婚しており、二人にとって長崎県を自由にすることが目指すべき政治目標ではなかろうかと思う。金子参議が知事の時に市町村合併を全国で最も強力に進めていたのは、知事の長期政権を目指すために必要であったと聞かされたのである。

今回の県議会の姿は、自由にならなかった県議会を取り戻すための強硬手段であり、私欲の固まりのなせる業といわれる原因でもあある。長崎県が闇の世界に近づかなければいいのだがと思っている。そのためにも透明性の高い長崎県を創るためにも全力で取り組まなければならない。

今日の国際版に、ローマ法王がクリスマスミサで話された「神と兄弟姉妹を愛せば、光の中を歩めるが、心を閉ざして高慢や欺瞞(ぎまん)、私利に支配されれば闇が生じる」といった内容が報道されていた。何だか長崎県議会のことを言っているのかと思ったてしまった。

県議会の争いなのかといって矮小化してしまうと見えなくなってしまうのですが、このような積み重ねが現在の長崎県の姿であり、雇用環境も改善されることもなく人口流出は止まることもなく、県内の大半の地区から若者たちが消えしぼみつづけている。

県民所得に至っては、半世紀上にわたって全国の最下位グループから這い上がることもなく、誰のために県議会はあるのかといった原点を、3年近くにわたって取り組んできたのである。県議会改革はそのためにも必要であり、後退することは許されないのである。

今回の県議会のドタバタは、以前の一部の人にとって居心地のいい長崎県にするのか、県民のための長崎県にするのかといった縮図でもある。県議会議員は選挙でえらばれてきているので、県内の最高議決機関であること忘れることなく使命と責任を果たさなければならない。


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by magome2007 | 2013-12-26 08:27

これでいいのか県議会   

昨日の議会運営委員会の結論は考えていた通りで、どうしてこうも内向きにこだわるのかといった思いです。長崎県の県議会は固まってしまって、やっとほぐし始めて柔軟性を持てるようになったのに、元の追認機関の県議会に戻ろうとしている。

議運の中で懈怠についての議論はかみ合うこともなく、全国の地方議会関係者達から失笑されるような結論を強引な採決によって出してしまった。全国で初めて行うことだから、冷静になって議論すべきなのに、都合のいいような解釈によって行われてしまった。

いつものことだけど長崎県議会には戦略描くこともせずに、常に都合のいいような判断をもって結論を出してきている。こうなっていく原因は、県議会も行政も内向きの思考回路になってしまって、外向きの考えが排除されるような環境にあるのではと考えられる。

鳥瞰図を眺めてみようといった県議達がいたら、どうすべきかといった結論を出すときに慎重さがあって当然なのだが、これが全くないのも長崎県議会の特徴なのかもしれない。最近は特にその傾向が強くなっており、最大会派の親分が谷川衆議院議員だと多くの県民は納得されるのではないのかと思う。

県議会は故郷長崎県の発展のためにどうすべきか真剣に考え、様々な政策課題に取り組むべきなのに、追認機関として自ら考えることもなく、原稿を行政に書いてもらって棒読みするだけの県議に何かを期待するほうが無理なのかとも思う。

2年前に通年議会を採用し、全国に向かって情報発信を行っていたはずなのに、内向きの議論に引き込まれてしまって、しりすぼみになりそうな気配すら漂っている。長崎県の抱える問題課題は非常に厳しい内容なのに、元の追認機関に近づくようであれば、議員の使命も責任も消えてしまうのではと思ってしまう。

今日は12月定例月議会の最終日で、年明けたら知事選が行われるようになっている。本来、知事選は長崎県の未来について関心が高まらなければならないのに、一向に熱を帯びることもなく投票率が非常に気になる知事選であるが、有権者の期待が高まるような最後の努力だけはしたいと思う。


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by magome2007 | 2013-12-25 07:08

9時から議会運営委員会開催   

先週の金曜日に「懈怠」の解釈を巡って流会になってしまった予算決算委員会の、議案採決を本会議で直接行うように考えている自民会派の皆さん方が、今日の議会運営委員会で「懈怠」の解釈をどのように説明されるのか楽しみにしているところです。(12月21日のブログに詳細に書いています)

懈怠について調べると自民会派のような解釈に出会うことがなく、どのように考えると真剣に仕事されている人を懈怠といって貶めることができるのか、これまで気づかなかっただけで、このようにして貶めてきていたのかと思ってしまう。

思い起こせば7年前の私の選挙で、当時も今も自民党県連会長に君臨されている谷川衆議院議員が行った、県議会議員の自民党公認について、俺の言ったことを聞かない県議には公認しないといったことがあった。国会議員のいったことではなく谷川建設会長の言ったことを聞かなかっただけである。

この人の懈怠の解釈が、自民会派の解釈であることは間違いないことであり、今日の議運の場において谷川衆議院議員の懈怠の解釈を聞くことができるのである。懈怠の解釈については、民法の解釈や企業における解釈など調べても似ているのに、長崎県議会だけは北朝鮮のような解釈がありうるのです。

世界大百科事典 第2版の解説 

〈けたい〉とも読む。この言葉は,一般的には〈行わなければならないことがあるにもかかわらず,これを怠ること〉を意味するものとして用いられるが,法律用語としては次のように用いられている。民法上過失と同じ意味で用いられることもあるが(民法504条),主として民事訴訟法との関連で問題とされている。たとえば〈期日の懈怠〉とか,または〈期間の懈怠〉のごとく用いられる(旧民事訴訟法91条。現行民事訴訟法63条では,〈不遵守〉という用語に替えられている)。


懈怠 (法学)
懈怠(けたい)とは、法律において実施すべき行為を行わずに放置することを指す。権利を行使しないことを指す場合と、義務を履行しないことを指す場合がある。通常は仏教用語の懈怠と同様に「けたい」と読む。

懈怠 (仏教用語)
懈怠(けたい)は仏教が教える煩悩のひとつで、善を修し、悪を断ずることにおいて怠る心=懈を指す。
懈怠は『大乗百法明門論』によれば随煩悩位に分類され、そのうち大随煩悩である。

以上のような理解が法廷でも行われているようですが、これまでの長崎県議会の解釈が許さなかったのではないのかと考えられるのです。この条文が加筆修正されたのが戦後まもなくだったことを考えると、長崎県議会の後進性も少しは理解できるような感じです。


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by magome2007 | 2013-12-24 06:08

初めての温泉   

先週から共に生活しているブラジル生まれでブラジル育ちの、日系3世のらっふぇろ君を初めての経験と思いで作りに温泉に連れて行った。家族4人の中に入って5人で楽しく夕食を囲み、、初めての温泉の感想などを聞きながら楽しく過ごすことができた。

浴衣に着替え、初めての温泉入浴について説明をし一緒に入ってきた。露天風呂にはちょっとばかり長湯をされていたので、少しは気に入ったのではないのかと思う。夕食においては、小さな小鉢に入っている珍味のような料理を眺めながら、恐る恐る食べ始めた。

ところが初めて口にするもの全てが美味しくて、全部食べてしまった。これまでも長崎市内で初めて食べるものばかりでちゃんぽんも焼き鳥も、みんなおいしいとの連発で、豚足にいたっては食べないといっていたのに、ちょっとだけ食べさせたら、これが美味しかったのである。

初めて見るものから食べるものまで、何から何まで初めての経験なので、毎日ブラジルの友人たちに情報発信している。ブラジルの仲間たちはどんな返事返しているのか尋ねると、みんな日本に来たいと言っているとのことだった。

らっふぇる君の歳の時、私もブラジルに単身で乗り込み3年間過ごしてきた。この間、らっふぇろ君のおじいちゃんにお世話になって、日本人の辿ってきた厳しい生活などについて、しっかりと教えていただきブラジルでの生活の指針をいただき楽しい思い出を作ることができた。

こんな関係なので、早く日本に来るように言っていたので楽しみにしていた。彼の姿を見ていたら、外国人の日本に対する関心や、食べ物に関するものなど少しは参考になるようなことを学ぶことができているのではと思っている。

長崎に外国人の観光客を増やすためにどうすべきかといったことについて、これまで気づくことのなかった視点を得ることができたのではと思っている。初めての経験なので自信持って言えませんが、良く聞かれるホームステイはいいような感じです。


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by magome2007 | 2013-12-23 07:32

中国人とお酒飲みながら   

久しぶりに中国人と楽しくお酒飲みながら、色んな話を聞くことができました。水産会社の経営者や、冷凍庫や冷蔵施設の経営者など、数か国に渡って販売活動など手広くされている経営者達との話は本当に楽しく、長崎県も負けないような取り組みをしなければと思いながら聞いていました。

現在、それぞれの事業が順調にいっている時期に、新たに進出できる分野の調査に来ていたのです。日本の進んでいる分野について、中国で取り組むことができないのかといったことで、東京から大阪や福岡といったところを調査しながら、昨日長崎に着いたのです。

6時過ぎからホテル近くの居酒屋で食事しながら、日本国内における調査について話を聞くことができ、経営分野の拡大についての真剣な取り組みの内容について、多くのことを考えさせられました。以前、公共事業全盛の時に、多くの経営者たちは異業種について関心持つ人は少なかったのです。

当時、異業種について関心持っていたなら、もっと多くの分野に進出された経営者の皆さんが育っていたのではなかっただろうかと思うのであります。全盛期の時には、経営にも余裕があり異業種に投資することも可能だったはずであります。

どの分野においても順調に推移されている時には、多くの経営者の皆さんはこの状況がまだまだ続くだろうといった考えを持つことが多く、気づいた時には余裕もなく経営基盤に赤信号が点り始めるときでもあったのです。昨日会った皆さんは、10年20年先の経営について考えられていたのではなかろうかと思っています。

経営者だけでなく、行政の職員も同じように10年20年先の故郷の未来について、真剣に考えなければならないはずであります。財政が厳しくなっている現状において、未来に対する投資は思うようにすることができずに、目先の問題解決に取り組むことが精いっぱいの姿であります。

現在、我が国と中国の関係はこれまでになかった緊張関係が続いていますが、このことは十分承知のことで日本の進んでいる分野について貪欲に学ぶ姿には、県議会議員も県庁職員も反省すべき点は多いのではなかろうかと思います。

国の姿に目を奪われる感じですが、国民一人一人の取り組みが将来の国の姿を創っていくのですから、我々県議会の活動も負けることのないような取り組みが求められているのであります。このような事をこれまでも必死になって言い続けているのですが、楽な県議会を目指す皆さんの力が最近特に強くなり始めています。

昨日の中国人の経営者の皆さんの行動力や考え方には、日本のトップ経営者の皆さんの姿にダブってしまった感じでした。県議会も楽な追認機関を目指すようであれば、九州のお荷物になることを避けることができないくなってしまうのではないのかと思います。


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by magome2007 | 2013-12-22 06:16

予算委員会流会(懈怠の解釈について)   

昨日10時から行われた予算決算委員会の理事会において、自民会派の理事と公明会派の理事の皆さんが途中から全員引き揚げてしまった。理事会は委員会のように定足数などといったことは決めていないこともあり、退席されても理事会を続けるようになっている。

理事会の決定は11時から予算決算委員会を開催することとなっており、11時に予定通り開催されたのである。ところが理事会を退席された会派の皆さんの出席がなく、委員会は流会になってしまった。この間、委員長は各会派に出席要請を3回行い、それでも出席しないとの回答であった。

その後、会派の代表から「11月定例月議会上程予算審議における長崎県議会会議規則第31条の適用についての申し入れ」といったものが提出されてきた。長崎県議会の会議はこの会議規則に従って行われているのであり、31条の条文の解釈を都合のいいようにした結果である。

(審査の懈怠)
第31条 委員会が、付託された事件の審査をなさなかったときは、第23条(委員会付託事件の審議)の規定にかかわらず、議会は、当該委員会の審査を省略して審議することができる。
これが第31条の条文の内容です。

懈怠の意味は、自らの権利を行使しようとせず、「権利の上にあぐらをかく」ことで適切な時期に権利行使を行わなかった者を救済しないという法理が適用される。といった意味の解釈がされている。ところが勝手に理事会を退席され、委員会にも3度の出席要請も断っておいて、第31条の適用で大丈夫だと言っている。

この条文の解釈について全国都道府県議会議長会事務局の議事調査部の回答は
●長崎県議会会議規則第31条【審査の懈怠】では、
 「委員会が、付託された事件の審査をなさなかったときは、第23条(委員会付託事件の審議)の規定にかかわらず、議会は、当該委員会の審査を省略して審議することができる。」となっており、今回の委員会審査の状況について、本条が該当すると長崎県議会が判断した場合は、適用は可能と考えられる。
●なお、当該条項は、標準会議規則に規定されていない条項であるので、本条を適用できる状態か否かの判断は、長崎県議会において決定されるべきである。
これが回答の内容である。

長崎県以外の会議規則には、懈怠に関する規則等は見当たらないとの回答もいただいている。会議規則31条の中に出ている第23条の内容は
(委員会付託事件の審議)
第23条 委員会に付託した事件は、その報告をまって審議する。
2 分割して付託した事件は、一括して審議することができる。
となっている。

これまで順当に審査されてきていた補正予算を、最後になって勝手に退席され都合のいいような解釈によって、補正予算を適当な取り扱いで済まそうとしている県議会議員が半数以上いることが、長崎県議会の現状である。この影響で、2時から予定されていた議会運営委員会も延期になってしまった。

補正予算は、災害工事や公共工事など緊急を要する内容のものが多く、あとは減額補正となっている。自民会派と公明会派の皆さんは、このような緊急を要する予算議案について県民不在の議会活動をしても、まったく反省することがない。


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by magome2007 | 2013-12-21 08:45