離島振興の未来戦略   

離島振興法が10年間の時限立法として制定されたのは、1953年7月15日で当時はまだ国内における後進地域として、インフラ整備は全く手付かずの状態であった。離島と本土を結ぶ定期船は岸壁もなく桟橋もなく、小さな船で定期船のところまで移動していた。

そんな時代のことを知っている人たちは還暦を過ぎてしまった人たちばかりである。今の離島は高速船で結ばれ、飛行場も整備され夢のような環境が整備されているのに、毎年、若者たちが島から本土に出て行ってしまって、島には人が少なくなってしまった。

道路は本土に負けないような立派なものが張り巡らせれており、生活するには別荘のような島ばかりであるのに、どこに問題があるのだろうかと思う。外部からの応援は国や県から手厚く保護され、毎年、離島の各分野における要請にも応えていただいている。

だとすれば島で生活している我々には問題はないのだろうか、これまで保護されてきていることに甘えが出てしまって当然だといった思いがないのだろうか。いつまでも国や県が保護できるわけではなく、山のような借金が重くのしかかっている。

これまでと同じような取り組みでは離島の振興はなく現状維持か衰退しか残されていない。そのためにも島の中における取組を見直し、海と山の最大効果を目指す取り組みを始めなければならない。海岸線は長く漁港も整備されているのに、まったくもって活かす努力はされていない。

山も死にかかっているのではないのか。戦後、必死に植林されている山々の姿は、間伐もされずに放置されている山も多く、このままでは宝を腐らしてしまうのではないのかといったことが十分考えられるのである。間伐材による発電なども考えられているが、補助金が続くうちはいいのだが後はどうなるのか。

離島振興のプレイヤーは島で生活する島民であり、応援団はプレイヤーにはなれないのである。我々が優勝を目指して頑張るしかないのであり、知事選挙における候補者の言っていることは、応援団の叫びであることを知るべきだと思う。
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by magome2007 | 2014-01-17 07:34

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