マララさんに平和賞   

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ノーベル賞の受賞が決まった時のマララさんは「「これは始まりにすぎない。私はすべての子供たちに学校に行ってほしい」と話されている。日本では考えられないような、教育環境の整備されていない国や地域は多い。

国土の広い国や砂漠の国など、日本のように学校を整備するだけでも本当に大変だと思う。我が国の教育の歴史は古く、読み書きそろばんと言っていた時代が長く、多くの国民が学習する機会に接する機会があった。

そんな歴史を背負っている日本人は、世界のどこに行っても教育だけは手抜きすることなく、子供たちの教育は真剣に取り組まれてきている。日本とドイツ、それにユダヤは教育に手抜きしない国民として知られていた。

そのことを知ったのは、若い時ブラジルで生活していた時であった。学校まで歩いて数時間かかっても子供を通わせる日本人が多く、朝早くから夜遅くまで仕事してても、子供の教育だけは真剣に行われていたことを知った。

現地の小学校に一週間通った時があり、日系の子供達の話聞いていて思ったことは、家族の中で祖国日本のことをよく聞かされており、日本の子供達に負けないように頑張ろうといった意欲が迸るようであった。

教育環境未整備の国や、女性の就学が困難な国や地域において、今回の受賞が励みになって全ての子供達に就学の機会が訪れたらいいと思う。日本の教育環境は本当に素晴らしく、これまで関わってこられた多くの先人たちのことを忘れないようにすべきである。

マララさんの活動は、十代の女性と思えないような命を懸けた取り組みには、本当に驚かされると同時に、長崎県の教育の現状について考えさせられるのである。学校内でのいじめや不登校などの問題に、もっと真剣に取り組むべきではないのかと思う。

特に長崎県において、学校教育の原点に戻って考えるべきであり、教育の機会を自由に選択できることがどのようなことなのか、恵まれすぎて感覚がマヒしているのではないのかと思う時もある。17歳のマララさんの受賞を機会に、あるべき教育の姿を見つめなおしてもいいのではなかろうかと思う。

参考資料
マララさん「国連演説全文」
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by magome2007 | 2014-10-11 08:50

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