長崎県の志はいずこへ   

■長崎県は宙を彷徨っているのだろうか?どこを向いているのか分からないような姿に映っているのは私だけなのかとも思う。長崎県民の利益になるための政策は、現場からしか生まれてこないと思う。県民の利益は全てが拝金主義ではない。

■小さな地域社会が安心して活動できるようなことも含まれるのであって、お互いが助け合って、支えあって生活できることもとっても大事なことである。アメリカと欧州ではこのことが基本的に違っている。我が国はアメリカの影響を強く受けてきている。

■自己中心的な考え方はアメリカの影響を受け、悪いほうの姿が出てきてしまっているのではと思う。背景には宗教や歴史の違いなどもあって、人間の成長と同じように浮き沈みの中から、新しい社会規範が生まれてくるのではと思う。

■特に長崎県は少子化と高齢化は群を抜く勢いで進んでいることは、今のような対応や考え方では行き詰まってしまうのではと思う。全国に先駆けて新しい自治体モデルを考えるべきであって、全国平均を求めていくようであれば県民の期待に応えることができなくなってしまう。

■公務員の姿に未来を託してきた多くの県民のことを考えたとき、いつの頃から県民中心から公務員中心に回り始めてのだろうかと思う。私には戦後教育をしっかり受けてきた人が健在だったときには、県民中心に回っていたような気がする。

■それは高い志があったことが大きな違いではなかったのかと思う。手柄は俺に、リスクは部下にといった組織になっているのではと思うことがある。リスクは誰も取りたくないことは当然であるが、トップがそれをとるところに長崎県の発展が見えるのではと思う。

■今日から数日間、IT社会から離れたところにいってきます。
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by magome2007 | 2007-10-29 06:40

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