2014年 01月 02日 ( 1 )   

日本の近代化(4)   

日本の江戸期における教育水準の高さについて昨日のブログで書いていますが、源氏物語が生まれた千年前は平安時代で、最澄が比叡山に延暦寺を建て、空海が高野山に金剛峰寺を建て、唐からの文物も数多く日本に持ち込まれ影響を受け始めていた時でもある。

遣唐使の廃止も平安時代の初期には行われ、その後は、菅原道真が活躍され国風文化の発達が見られ、古今和歌集や土佐日記、枕草子などが生まれた凄い時代でもあった。このような文化活動が行われてきた我が国の歴史は、国民に何を伝えようとしているのだろうかと思う。

平安時代の後には源頼朝が鎌倉に幕府を置き、鎌倉時代が幕を開け多くの仏教も全国各地に広まっていった
。このころ建造されているのが鎌倉の大仏であり、当時の大帝国であったモンゴルを撃退したのも鎌倉時代の出来事なのであった。

1300年代には足利尊氏が京都に室町幕府を開き、多くのお寺の建設が行われているが、当時のお寺が数多く残されており、現在の京都の観光地として魅力ある多くのものは、室町時代に建設され残されているものである。このような文化水準の高さは江戸期を通じ現在に引き継がれているのである。

ところが日本の歴史を紐解くことで、日本の文化や教育の取り組みが大きく変わったのは、戦後の教育からであって一目瞭然である。これまで日本の未来は日本人が考え取り組まれてきていたのに、戦いに敗れてしまって戦勝国の制度による教育が行われてきたのである。

このような我が国の教育制度の在り様については、国会議員の皆さんが真剣に日本の歴史を眺めていれば、どうすべきかといったことは激論かわすようなことにはならないと思う。国家の目標や教育について緊急にあるべき姿について、国民に説明をすべきであると思う。

近代化産業遺産が教えてくれるものは単なる工業化だけでなく、世界の中でなぜ日本だけが短期間で工業化を図ることができたのか、このことを国民は学ぶべきであり、工業化の効果で豊かな生活ができるようになったことではないと思う。
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by magome2007 | 2014-01-02 07:55